『礼拝』  2005年9月18日
「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する
  予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。」
                                                使徒20:7
 本章には、当時の礼拝の様子と、パウロの教会指導者達へのメッセージが記されています。イエス
様以前は、みなが土曜日の安息日を守っていました。しかしその後クリスチャン達は、イエス様が
復活した日曜日を礼拝の日として定め、守るようになりました。それはユダヤ人にとっては命がけの
行為でしたが、クリスチャンとなった者達は復活の主を心から礼拝したのでした。
 その日の礼拝でも、パウロは力強いメッセージを語っておりました。でもそれが夜中まで続いた
ものですから、さすがに眠くなる人も出たようで、ユテコと言う人は居眠りをしてしまいました。そして
その集会場所が二階だったことから、彼は落下してしまい、死んでしまったのです。しかしパウロは
彼に命を与え、ユテコは生き返りました。これは不思議な奇蹟なのですが、実はパウロの伝道を
象徴した出来事だと言うことができます。パウロは、死んだ者を生き返らせるつまり生きる目的を
失ってさ迷う人に、本当の人生を教え、救いを与え、永遠の希望にあゆませるということをしていった
のです。パウロ自信、クリスチャン迫害と殺戮という罪を負っていた人です。そんな虚しい人生から
イエス・キリストによって生かされたパウロ、そのパウロは今度は他者にその恵みを伝えるようになっ
たのでした。
 当教会のHPに、80を過ぎたおばあちゃんが始めて教会に行った時、手を取ってもらって「君は
愛されるために生まれた」と言う歌を歌ってもらい、歓迎されたと言う話が書き込まれていました。
sその教会の方々の様子は、一緒に行った娘さんが気恥ずかしいくらいだったようですが、当の
おばあちゃんは感激し、涙を流されていたそうです。
 誰でも、愛されたいのです。でもそれを素直に口にすることができなかったり、信じられなかったり
しています。しかし。知ってください、パウロが伝えたキリストの愛は、今もあなたに注がれています。
虚しさを抱えていても、悲しみや痛みを負っていても、主は必ずあなたを生かしてくださるのです。
このお方にゆだね、人生を生き生きと歩んでまいりましょう。
ペニンスラフリーメソジスト教会日語部牧師
榊原 宣行