『小さき者』  2005年7月3日
「信じるものはもれなく、イエスによって義とされるのである。」
                                                  使徒13:39
 パウロは、最初はサウロと言う名前でした。サウロとは、旧約聖書のサウル王にちなんでつけられ
たユダヤ名です。そしてクリスチャンになってパウロとは『小さき者』と言う意味のローマ名です。
パウロは、王から小さき者になったのでした。多くの人は、その逆になりたいですよね。しかしパウロ
は、神様の前に小さき者になることによって、偉大なる宣教の業を成し遂げた人物なのです。
 アルベルト・シュバイツアーと言う人は、名オルガニスト、音楽家、哲学家、神学者としての名声
や地位を捨てて、医療を学び、アフリカに渡り、一生涯を医療伝道にささげた、密林の聖者です。
シュバイツアーは神様の前にへりくだる者でした。ですから、大きな働きをすることが出来たので
しょう。
 パウロは、信じるだけで救われると言いました。多くの人は、難行苦行の末に救われるとか、善行
によって救われると信じたいのですが、聖書はそうは言っていないのです。考えてみれば、完全な
る義を持っておられる神様の前に、不完全な人間が、不完全な善行をどれだけ成したとて、救わ
れるはずがありません。それで救われようなどとは、人間の高慢なのです。人が救われる道は、神様
の前にへりくだること、そして十字架と復活の主イエス・キリストを心に受け入れること、これだけです
「自分はパウロの様じゃないな、シュバイツアーとは違うよ」と言って、落ち込む必要はありません。
あなたのそのままの姿を主は愛し、受け入れてくださるからです。私達がすべきこと、それはそんな
主の愛に応え、主の前に頭をたれることだけです。
ペニンスラフリーメソジスト教会日語部牧師
榊原宣行