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現代でも、断食して祈る人もいれば、そんなことはしたこともないという人もいます。そもそも、断食 の祈りとは、何でしょうか?イエスさまは、断食が必要だとか、必要じゃないとか、そういうことは 言っていません。「見せびらかさないように」といっているだけです。それはつまり誰が見ていようが いまいが、神の前に正しく歩むということ、それがイエス様の強調点です。断食の祈りとは、全てを 止めて、祈りだけに集中するために行われるものです。つまり、その本質、神さ様だけを見つめて 祈る、生きるということを、私達は目指していくべきだということなのです。 私は進行を持つ前、自分のために生きていました。しかしその結果、人生に疲れ、自暴自棄に なっていました。自分のために生きているはずが、自分を不自由に追い込んだのです。ところが キリストを中心に生きるようになって、自分が自分であるということ、キリストのために生きることが すなわち自分のために生きる自由が与えられるのだということを、味わうこととなりました。 キリストの愛のうちに生きるということ、キリストのために生きるということを選び取るならば、その 人の人生は、結果としてすばらしい人生となるのです。断食していなくても、主から目を離すこと なく祈り生きようではありませんか。 |
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