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人間は、間違いを正そうとした時、懲らしめようとします。その悪い例として上げられるのが、戦争 でしょう。しかしイエス様は、愛することによって解決するという方法をお示しになりました。でもこれ は実に難しいことです。 先週シアトルにあるキリスト教超教派の集会のメッセンジャーとして招かれて、行って参りました。 そのときに、証者として立てられていたのは、イ・チソンさんとおっしゃる韓国人クリスチャンの方で した。この方は、数年前に交通事故にあって、全身に大やけどを負いました。命は取りとめたものの 55パーセントのやけどによる後遺症はひどく、完全に癒されることはありませんでした。今尚治療を 続ける彼女の姿は、以前の写真とは別人なのです。しかし彼女は主によって喜んで生きています。 事故を起こしたのは、泥酔した運転手でした。その人からの謝罪は未だに無く、誠意の一つも見せ られていないということです。それでも、彼女も家族も、誰もその犯人を恨みません。神様の愛が 彼女達の心を支配しているからです。 主の愛に生かされるとは、何と大きいことだろうと、改めて思わされました。イエス様は私達の罪 のために十字架で死なれました。神様に向かって唾を吐きかけるような生き方をしたものに対して 主は愛を示されたのです。それを知った者は、互いに愛さないでいられるでしょうか? 私はそれを、無理にするひつようは無いと思っています。チソンさんにとっても、それは自然に 与えられた恵みでした。ですから気に入らないなら、気に入らない、愛せないならそうだということを 神様に申し上げればよいのです。そうしたら。神様は時を備え、いつしかあなたに平安と和解を 与えてくださるはずです。主の愛のうちを歩もうではありませんか。 |
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