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「神にかけて誓う」などということは、子供で無いとしないようなことかもしれません。でも、スポーツ の選手宣誓などに代表されるように、案外人間は誓いが好きなようですし、特に当時は、神にかけ て誓うと言う習慣があったようです。 しかしイエス様は、そのような誓いはすべきではない、とおっしゃいました。なぜでしょう?それは 人間はちかいの道具に神様を使用する、おろかな存在だからではないでしょうか。神様を自分の 都合に利用するのではなく、神様に従うようにと、イエス様は私達に語りかけておられるのです。 三年前の昨日、同時多発テロが起きました。その当時、サンフランシスコでは星野富広さんを お迎えし、「花の詩画展」の真っ最中でした。朝起きたテロ事件を受けて、サンフランシスコの主要 道路は閉鎖され、物々しい雰囲気が街を包みました。主催者のある方はその日、詩画展の中止を 訴えました。しかしある方は、そんなときだから、ドアを開けて、こられる方が一人であってもお迎え すべきだと主張しました。星野さんご自身が詩画展の継続を支持されましたので、結局その当日も 会場をオープンしたのです。千人近くが毎日訪れてにぎわう会場ですが、その当日は100余りの 集客数でした。しかしそれだけの人が安らぎを求め、また平和の祈りのために、会場に来られたの でした。遠くから来られたある方は、事件そのものを知りませんでした。サンフランシスコの街の異様 な雰囲気の驚きつつ、会場に来られ、事件のことを知ったのです。 あの日、星野さんの詩画は、多くの人に慰めを与えました。そして、平和の祈りへと導きました。 かれは著書「愛、深き渕より」の中で、「苦しみによって苦しみから救われ、悲しみの穴をほじくって いたら喜びが出てきた」とおっしゃっていますが、この言葉に、神の愛によって変えられた人の人生 が表されているようにおもいます。 神を利用するのではなく、神の愛によって生かされる人生、そんな信仰の告白をするものであり たいと願わされています。 |
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