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しばらく間があきましたが、山上の垂訓からメッセージをシリーズで語っており、今日はその13回目 です。 旧約聖書は、古い翻訳と言う意味ではなく。古い時代の神様の契約と言う意味です。ですから 新約聖書は、新しい時代の神様の約束と言うことになります。イエス様登場から新約聖書はスター トしているのですが、イエス様は、古い時代の契約を破棄するために来られたのではありません。 そうではなくそれを成就したお方なのです。 旧約聖書には、とても守ることなど不可能と思える律法が記されています。それを読むと、人間の 基準と神様の基準の違いを思い知らされ、「神様は厳しいなぁ」とある方は思うかもしれません。 しかしそれだけ神様は聖なるお方であり、人間は積み深い存在だと言うことなのです。 イエス様は、人間でしたが、神様でした。神様が人となって地上に来られた、完璧に律法を守る ことの出来たお方、それがイエス様です。そしてそのイエス様に結びついているなら、私達もまた、 あたかも律法を守った者の如くに、神様にカウントしていただけるのです。昔日本には、一人の人 が罪を犯すと、一族が皆罰を受けるということがありました。これはそのまったく逆で、イエス様が 無罪ですから、私達もまた、無罪とカウントされるのです。ただし、イエス様に結びついているという ことがカギとなっています。 イエス様の教えを守り、また他者にそれを伝える者は、天国で大いなる者と呼ばれると、聖書は 約束しています。私達は正しい者ではなく、弱い者です。でもそれを自覚し、イエス様に結びつく なら、このような素晴らしい恵みがあなたに必ず与えられるのです。 |
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