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コリント人への手紙第一の15章は「復活」の章です。コリント人の中には、キリストの復活を否定した 人がいましたが、パウロは、復活こそクリスチャンの希望であると言っています。復活の歴史的な 事実として、復活の主に出会った多くの生き証人がいました。さらに、パウロ自身がその目撃者 でした。彼は、多くの苦難に遭いながら、十字架と復活の福音を宣へ伝えました。「使徒信条」は 原始教会からの信仰の拠り所であり、その中に「三日目に死人の中よりよみがえり」とあるように、 キリストの復活をはっきりと告白しています。 映画の「Passion」は日本でも5月の始めに公開され、多くの人に感動を与えました。「The Passion」 は「受難」と訳されますが、この世にただ一つしかない「愛」、すなわち「神の愛」「十字架の愛」の ことだとおもいます。映画は復活したキリストの釘跡のある手を映したところで終わりました。 しかし、私たちの希望はそこから始まります。キリストが復活の初穂であって、その後にすべての クリスチャンの復活が続きます。すなわち、キリストの復活があったからこそ、私達も復活できるのだ という希望があります。 家内の父は、よく「人間、死ぬときは一人だ」といっていましたが、それは、若い時研究室の爆発 事故で片目を失い、奈落の底に引きずり込まれるような体験から出た思いでした。彼は無心論者で したが、1995年、67歳のときに、胃炎として入院した病院でイエス様を救い主として受け入れました 病気は胃癌で、発見後3ヵ月して、「神共に在れば心は平安」という信仰の確信の言葉をン残して 天国に凱旋していきました。残された私達は、天国sで再会できる望みを持っています。 病気は治る場合もあり、死にいたる場合もあります。たとえこの世の命が終わるとしても、私達に は「キリストによってすべての人が生かされるからです」と言う約束があります。キリストの復活は その約束の始まりです。 |
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