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キリストのために迫害される人とは、キリストとともに生き、キリストによって生かされている人です。 その人は、たとえその人生に苦しみがあっても、幸いだと言うのです。なぜなら天国において受ける 報いが大きいからです。 先日、アシカの調教を見てきた人から、こんな話を聞きました。「アシカが言うことを聞かないとき にはどうすると思う?えさを抜いたり、鞭で打ったりしてお仕置きをするのではなく、無視をすること が一番効果があるということだよ」と言うことです。 私達は神を無視して生きてきました。それが人間の一番の罪です。その罪の身代わりとして、 十字架においてイエスキリストは死んでくださいました。そして復活し、いまもとりなしの祈りをして くださっています。このお方を信じると言うことは、こちらの都合でなされることではありません。 人生に何が起ころうと、良いことがあろうと、悪いことがあったとしても、主を第一とするのが人間の 本分なのです。しかし主は、たとえ悪いことが起きたとしても、天国で大きな報いがあるということを 約束してくださっています。これはなんと言う恵みでしょうか. 主を第一にして人生を歩むなら、私達はこの人生を、明日を歩む力が与えられます。 いろいろなことが人生には起こって参りますが、それを乗り越える力は、ここからやってくるのです。 |
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