『主の恵みに感謝して』 2003年12月28日
「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」マタイ4:4
 今年一年の当教会の標語は「主の恵みがあふれる教会」でした。教会は裁かれる場所ではなく、
疲れる場所でもありません。主の恵みがあふれる場所なのです。今年、主はそのような場所として
当教会を用いてくださったと私は信じています。そして感謝しています。
 上記の聖句は、イエス様が荒野で誘惑にあわれたときの言葉で、申命記8:3の引用です。
イエス様は救い主としての歩み(公生涯)をスタートする前に、40日間荒野で断食し、備えました。
そこへサタンがやってきて、空腹のイエス様に「おまえが神なら、石をパンに変えてみろ」と迫る
のです。イエス様はこの御言葉を用いて勝利しました。これは神様よりもこの世のことを優先する
事への勝利でした。次の二つの誘惑にも。御言葉を用いて勝利しました。人生の勝利のカギは、
聖書の言葉にあります。聖書の言葉は、愛と恵みと勝利があふれています。その聖書の御言葉に
従う教会にも、主の恵みがあふれているのです。人は愛を求めています。心の癒し、恵み本当の
豊かさを求めています。それは教会にあるのです。そのことを知って、それを感謝できるのなら、
その人はまことの幸いを手にする人です。
 私はある時、日本のクリスチャン系の高校の朝礼に招かれ、聖書の話をしてきました。集まった
高校生達は「またつまらない聖書の話か・・・」なんて顔をしていました。しかし私が
「神様は愛です」と言った瞬間、彼らの目はパッチリしたのです。でもそれは、愛と言う言葉を勘違
いしてのことでした。「恥ずかしいなぁ、あの牧師。愛って、まじめな顔をしていってるよ〜」という
感じ・・・つまり彼らは、薄ぺらな愛しか想像できないのです、しかし人は本当は愛されたい...
まことの愛を求めています。その愛と恵みは、ここにあふれているのです。
 その神の愛と恵みが注がれる場所、それが教会ですから、今年の恵みに感謝しつつ、来る年も
主を礼拝する一年でありたいと願わされています。
ペニンスラフリーメソジスト教会日語部牧師
榊原宣行