『主の恵みがあふれる』 2003年11月2日
「主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。」
                                           哀歌3:22
 南ユダのヨシヤ王が、どれほど神様の前に喜ばれた存在であったかというお話を先週致しまし
た。このような王の出現が、南王国と北王国の運命を左右していました。
 ところが、その南王国ユダにも最後の時が来てしまうのです。それはゼデキヤ王の時、紀元前
586年でした。ヨシヤの息子エホアハズは三ヶ月だけ国を治めましたが、その後エジプト王ネコに
よって捕らえられ、結局ヨシヤ王の第二子エホヤキムが王となります。彼は11年間国を治めまし
た。この二人に共通することは、父ヨシヤのような信仰には立たず、過去の悪王達に習って神に
背いたということです。
 時の勢力はエジプトからバビロンに移っていきました。エホヤキム王はバビロンによって捕らえら
れ、この後息子エホヤキンが王となりますが、3ヶ月と10日の治世の後にバビロンに彼もまた捕ら
えられてしまいます。そこで次には叔父(つまりヨシヤの息子)ゼデキヤが王となります。彼は11年
間王国を治めましたが、結局ユダはバビロンによって滅ぼされ、、最後の王となってしまうのでし
た。最後の王、その前の王に共通するのもまた、まことの神への不従順でした。ヨシヤ王の時に
改革された信仰は残念ながら、継承されず、国は滅びへと向かってしまったのでした。その様子
についてはU列王24章移以降や、U歴代36章に記されています。ゼデキヤの最後は、子供達を
目の前で殺され、自らも両目をえぐられて鎖につながれるという惨めなものでした。
 これらの出来事は、主に背くということの恐ろしさを語っています。私達もこれを厳粛に受け止め
なければなりません。しかし神様は、滅びを喜ぶお方ではありません。この当時の預言者エレミア
」は、上記のような言葉を民に語っています。ゼデキヤ王も、エレミヤの言葉を聞いていました。
でも、従いきることが出来ませんでした。神様は一人として滅びることを望んでおられず、救いの
ために涙しおられます。その愛の呼びかけに応えなければならないのは、わたしたちのほうなの
です。「神が居るんだったら、全員救ったら良いのに」ということをいう人もいますが、それは神の声
に答えるなら実現します。あなたの救い、隣人の救い、そして世界の救いのカギがここにあるの
です。主の恵みはこの地上に溢れ出ています。それを信じて受け止めた時、あなたの心から
恵みが溢れ出ます。
ペニンスラフリーメソジスト教会日語部牧師
榊原宣行