「苦しみを受け」2002年09月01日
「キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいから
あがないだしてくださった。」
                                               ガラテヤ3:13
私たちは十字架につけられた救い主イエスを信じています。そして使徒信条でも、そのよう
に告白しています。
キリスト教会の屋根には、必ずと言っていいほど十字架が掲げられていますが、十字架とは
何でしょうか?ダイヤモンドをちりばめたネックレスのデザインで、日本で一番売れる形が
十字架だそうです。しかし本来の十字架とは、飾りではありません。それは死刑台です。
二千年前に神の子が磔にされた死刑台が、十字架なのです。
日本でもアメリカでも、罪を犯した人たちは裁かれねばなりません。神の前に罪を犯している
我々も、神によって呪いの裁きを受けて永遠の滅びに至らねばなりません。「私は罪人と
呼ばれる筋合いはない」と言うかもしれませんが、神を無視して生きることこそ、最大の罪
なのです。その罪ゆえに我々人間は、神によってのろわれなくてはならない存在です。
しかしその呪いの死刑台である十字架を、変わって引き受けてくださったお方が、神の
独り子イエス・キリストです。この十字架ゆえに、私たちは救いを受けることが出来るように
なりました。
まだこの救いを受け入れていない方は、どうぞ十字架の救いを心を開いて受け止めて
ください。またクリスチャンであるお互いは、のろいから祝福への大いなる恵みの源である
十字架を感謝して、それを伝えようではありませんか。
ペニンスラフリーメソジスト教会 日語部牧師
榊原 宣行