『何を喜びとして生きる』 2002年07月14日
「いつも喜んでいなさい」
                                            Tテサロニケ5:16
 聖書には「いつも喜んでいなさい」と書いてありますが、本当にそのようなことができるので
しょうか?喜べることがあっても、それは永遠に続くものではありません。人間関係も、生活の
状況も、常に変化しています。しかし、変わらないものが一つだけあります。それは神の愛
イエス・キリストの真実です。そのお方を喜ぶことは、いつもすることが出来るのです。
私の娘が子供の頃、ある人からもらったジグソーパズルを熱心にやっていました。ところが
夜中になっても終わらず、親である私も手伝うことになりました。そして面倒なので適当に
似たようなものを当てはめようとするのですが、それではやはり合致しないのです。似ていて
もそこにぴったりはまるのは、やはりそのパーツでなくてはなりません。どんなに似ていても
駄目だったのです。
パスカルと言う人は「人間の心の中には、神をもって以外には決して埋まらない空洞がある」
といいました。本当の喜びは神様しか与えることが出来ないのです。
キリストは死から復活されました。それは失望に終わることは断じてないのだという証だった
のです。そして永遠のいのちが私たちには備えられています。死と言う最大の問題でさえも、
永遠の栄光の入り口であるということが聖書には、はっきり書かれています。そのことが
わかったなら、たとえ苦難があっても希望をもって生きることが出来るでしょう。
永遠のいのちは、この人生をも豊かに満たすことの出来る力です。
キリストにあって、まことの喜びに満ちた生涯を歩んで参りましょう。
日本ホーリネス教団坂戸教会牧師
村上 宣道