『私たちは主のもの』 2002年04月07日
「主こそ神であることを知れ。われらを造られたものは主であって、
  われらは主のものである。われらはその民、その牧の羊である。」
                                               詩篇100:3
私は30歳でクリスチャンになりました。それからずいぶん長い年月が経ちましたが、幸いなことに
は、クリスチャンになったことを後悔したことは一度もありません。わたしは主のものであることを
喜び、歩んできました。また、今と主と共に歩むことを何よりも喜びに感じています。
数年前、私に大きな事件が起きました。それは大変な困難でした。人間的に見れば、絶望して
しまうような出来事でした。実はその出来事は、「主のために」と祈り、行動したことが発端となって
起こったことだったのです。私は真剣に祈りました。問題の解決、主の最善を祈り求めました。
その解決には、長い年月と多くの苦悩がありましたが、結果的に主は最善へと導いてくださいま
した。「主のために」と祈りをもって向かっていった出来事に対しては、主も責任をを持って解決
してくださる、そのことを私は確信しました。主の守りの確かさを経験いたしました。
私たちは主のものです。人生にはいろいろなことがありますが、主に感謝する気持ちをもって
歩もうではありませんか。主は最善を私たちの歩む道に、備えてくださるお方なのです。
私たち一人一人が、このお方にゆだねて、主のために人生を歩む者でありたいと願わされて
います。
ペニンスラフリーメソジスト教会 教会員
藤川 武彦