「ハロウィンの行事は教会としては否定すべき」という考え方、また「深い意味はないのだから問題として考えなくてもよい」という考え方など、様々な意見があると思うんですよね。
じゃあ、私はどうなのかということですが、もしもご一家の方針で、ハロウィン行事は一切参加しない方が良いとお考えになるのであれば、それでよろしいかと思います。それこそアメリカは自由な国ですから、宗教的な理由でそういうことがあっても全然OKなわけですね。クリスマスに参加しない他宗教の人だっていますしね。
で、逆に、「子供たちが楽しみにしてキャンディーを集めたがっているのだから、仮装を楽しんで、ただそれだけのことです」という考え方も、私は支持します。
「じゃ、どっちやねん!?」というツッコミには、「どっちも!」という回答です。
だって、例えば日本では、近所の神社のお祭りに行きますか?行きませんか?
本当にその神々を祭るために出かける人は、本当に一握りでしょう? ほとんどの大人も子供も、輪投げだとか金魚釣りだとかコットンキャンディーだとかタコヤキだとか、そんなのを楽しむために出かけるわけで、いまやそれを宗教行事と考える方が難しいわけです。
でも、それでも厳格にとらえるなら、それはそれで良しです。逆に、深刻にとらえる必要がないという考え方もまた良しです。
そういうことを言い出したら、「七五三」「七夕」「節句」「ひな祭り」「正月」・・・、もっと色々あるでしょ。日曜日に運動会をするなら、それには子供を欠席させますか? 修学旅行に京都に行くなら、寺には一切行かせませんか? そんなことをしたら、京都で行ける場所はひとつもなくなっちゃいますよね。
と、こういうことを一つ一つ検討して、白黒はっきりさせなきゃいけないわけですよ。
そんなこと、いったい誰が、何の基準に基づいてすべきなんでしょう?
話は変わりますが、クリスマスはそもそも他宗教の祭りです。それを当時のローマの皇帝がキリスト教化するという意味で、イエス様の誕生日として定めたわけです。
私たちはその、もともと他宗教の祭りだったものをいわば利用して、そして意味のある、豊かなものとして楽しんでいるわけですね。
そういう考え方は、キリスト教の歴史の中では「あり」なわけです。
「クリスマスがそんなんだったら、やめた方がいい」とは言わないでしょう? もちろん、例外的ではありますが、そういう理由でクリスマスを祝わない教会もあることは私も知っています。でもそれは、あくまで例外的で、とてもまれなケースです。
ということでハロウィンに戻しますが、その教会に一つの方針があるのなら、それを尊重した上で、各自が判断したら良いわけです。
問題は、パウロが言うように、何をするにも神様の栄光が現されるかどうか、これです。そこに平安があるのなら、その内なる主の語りかけに従うべきです。
そして、お互いに裁きあうのではなく、認め合い、愛し合うことが最も大切なことなのでしょう。